も》で結《ゆわ》えて、大切そうに袖の間へシッカリと抱えた。女の身振りよろしく裏木戸を開いて、裏通りの往来を小急ぎに横切った。まだ月が出ないので真暗ではあったが、案内知った材木置場《おきば》[#ルビは「材木置場」にかかる]の中を右に左に曲って、最前の男と娘とが話していた、欅材《けやきざい》の置場に来た。右手にタイルの越中褌包みを抱え、右袖を顔に当てて跼《しゃが》みながら、白い首をコレ見よがしに差し伸べてキョロリキョロリとそこいらを見まわした。不思議な事に、チットモ怖くなかった。
 万平の背後《うしろ》から最前の質屋の娘が足音を忍んで来かかったが、万平の姿を暗《やみ》に透してみるとビックリしたらしい。無念そうに袖を啣《くわ》えたまま材木の蔭に隠れた。息を殺して様子を覗《うかが》っている気はいである。

 質屋の娘が隠れたのと反対側の材木の間から、荒い縞の鳥打帽を冠ったインバネスの男が近付いて来た。細いステッキを留めて、万平の女姿を暗《やみ》に透かして見ている様子である。
 万平は暗《やみ》の中に、あらん限りの媚態《しな》をつくして近寄って行った。
 質屋の娘が袖を噛み裂かんばかりに眉を逆立ててその姿を見送っている。
 鳥打帽の男は前後左右を忙しく見まわした。インバネスの蔭の右手でソッと短刀を抜きながら、左手を万平の肩にかけて抱き寄せるようにした。
「お金は……」
 万平は左袖に抱えていたタイルの褌包みを差出した。
 鳥打帽の男は左手で受取りかけたが、中味が固くて重たいのに気が付いたらしくハッとして手を引いた。彼《か》の時遅く、この時早く、万平は鳥打の横面《よこつら》を平手で二つ三つ千切《ちぎ》[#底本ではルビを「ちぎれ」と誤記]れる程|殴《は》り飛ばした。男の鳥打帽がフッ飛んで闇の中に消えた。
「パア――ン……ピシャーン」
 その音は万平の手の掌《ひら》と同じくらいに大きかった。
 男は飛び退《の》いて短刀を振り上げた。
「アレエエエ――ッ……」
 質屋の娘が仰天して材木の蔭から飛出した。鋸屑《おがくず》だらけの道を転《こ》けつまろびつ逃げて行った。
 万平はタイルの褌包みで男の短刀と渡り合った。男は切尖《きっさき》鋭く万平を松板の間に追詰めながら、隙《すき》があったら逃げよう逃げようとしたので、万平は足元の鋸屑《おがくず》を掴んでは投げ掴んでは投げ防ぎ戦った。しかし、
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