それでも追詰められてタッタ一突きにされそうなので、背後《うしろ》の松板の間にスルリ辷《すべ》り込み様に、そこいらの杉丸太、竹束、松板の束をメチャクチャに倒しかけた。男は逃げ損ねて杉丸太の下になって起上ろうと藻掻《もが》く上から、止め度もなく材木が落ちかかって来た。それを一生懸命に跳ね除《よ》け跳ね除け逃げようとするところを万平が躍りかかって組伏せた。
男は短刀を棄てて向って来た。柔道が出来るらしくナカナカ強かった。上になり下になり揉み合っている中《うち》に万平の仮髪《かつら》も手拭も皆飛んでしまった。万平は破鐘声《われがねごえ》の悲鳴を揚げた。
「……ヒ……人殺しいイ……」
男は短刀を拾おうとした。万平は拾わせまいとして又|揉合《もみあ》った。
「……泥棒ッ。誰か来てくれッ。人殺しッ」
男は万平を腰車で投飛ばして逃げて行こうとした。その帯に手をかけて万平は武者振り付いた。又上になり下になった。
山金《やまきん》の若い者が大勢、飛出して来て二人を取巻いた。若い男と、奇妙な姿の人間が組み合っているのを見て、皆呆れて突立っていた。万平は叫んだ。
「俺が万平だ……」
やっとわかった二三人が、男に飛付いた。メチャメチャに殴り付けた。
そこへ二三人の警官が、質屋の娘と一所に駈付けた。銀金具の鳶口《とびぐち》を持った親方も遣って来た。
警官は万平の顔に懐中電燈を突付けるとプッと噴出《ふきだ》した。
「何だ貴様は、最前の気違いじゃないか」
万平はハダカった胸を繕《つくろ》って腕マクリをした。まだ昂奮しているらしく奮然と詰寄った。
「……ナ……何が気違《きちげ》えだ。憚《はばか》んながら……」
親方が万平を遮り止めて睨み付けた。
「馬鹿……手前《てめえ》の風態《ざま》を見ろ……気違《きちげ》えでなけあ何だ……」
皆、可笑《おか》しさを我慢していた。
やっと月が出かかってそこいら中が明るくなって来た。背後《うしろ》の方で粂公《くめこう》が太いタメ息を吐《つ》いた。
「ナアンデエ。やっぱり万公か。俺《おら》あ動物園の熊が逃げて来たんかと思った」
皆ゲラゲラと笑い出した。
警官は男に手錠をかけた。材木の下からタイルの褌包みと短刀を拾い出した。親方と、万平と、娘を連れて警察へ帰った。直ぐに丸柿質店へ電話をかけた。
俎橋《まないたばし》の警察に駈付けて来た禿頭《と
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