って夏も冬もわからなくなる……それが実さんの妖気の正体だ。能ではない。芸術でもない。悽愴たる鍛練の妖気だ。抜いただけで人が斬りたくなる剛鉄の妖気だ。
 こうした性格の反映として実さんは非常に大先生の言葉を気にする。素人評を問題にもする。甚だ矛盾しているようであるが、実はチットモ矛盾していない。吾々から見ると何でもない事を飽くまで突張ったり、考えたりして持ち悩む。しかしそうしていろいろと分析して成る程というドン底がわかると、アトはケロリとして忘れてしまっている。つまり非常に欲が深いからで、一物も余さず分析しつくさねば止まぬ。一物も余さず分析しつくして見せる……という確信を持ってかかっているのだから、恐ろしい。その恐ろしさが、やはり舞台面の妖気となって随所に発散している。化学分析に伴う異臭と同様に精神分析の異臭が、実さんの舞台表現となって発散するのだ。硫酸か塩酸のようにスゴイ……。
 だから実さんの恃むところは唯一つ「不退転の勇気」そのものである。鉄壁でも切りまくる。骨が舎利になっても前進する。そうしなければ一刻も生きていられないからだ。……昨日の成功は今日の不満になっている。讃められた演
前へ 次へ
全11ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング