スゴ味はない代りに、能全体が見れば見るほど悽愴たる感じがして来る。その間からシンシンと一種の妖気がほのめき出る。アレは何であろうか。
 六平太先生のお能を見ていると花園の中を行くような……又は名画の連続を見るような有難い……トテモ気楽な気持になる。文句なしにいいお能だなと思わせられる。そのほか粟谷さんの宛転自在さ。後藤さんのお手本のようにコックリとした演出味なぞ、いずれも立派な明るい、舞台表現として頭を下げさせられるが、実さんのお能を見ると、そんなものがちっとも感じられない。サッパリ面白くない。暗い。つまらない。荒地の中で建築の骨組だけ見せられているような気持になることが多い。どうかすると面と装束を着た骸骨が、型通りに謡い舞っているように見えたり、又は何処かの拳闘の選手が、昔の大家の霊に魘されながら、醒めよう醒めようと苦悶しいしい演じているようにも見える。舞台の何処かで眼に見えない鬼火がトロトロと燃えているような……ソンナ時のスゴイこと……。そうしてただそれだけである。実さんのお能から感受されるものはソレ以外に何物もない。白い骸骨と青い鬼火だけ……これは何故であろうか。
 これは説明し
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