絵等によって象徴された趣味傾向の堕落と、それによって暗示された民心の行き詰まりが、新しい忠君愛国思想と、社会組織を翹望《ぎょうぼう》する維新の革命を生んだ事実は、誰しも否定し得ないところであろう。
ところがその明治維新以来、西洋文化の輸入に影響されて、日本人の趣味が一層急劇に低下して来た。以前から(徳川時代から)忌避され軽蔑されていた肉慾描写や不倫の世相が、自然主義の輸入以来、臆面もなく逆照され初めて、往昔、最低級の芸術として扱われていた作品が、堂々として一般民衆の趣味傾向の王座を占むる事となった。同時に永い間因襲され、伝統されて来た人間道が不合理視され、不自然視されて、禽獣道が合理視され、自然視されるようになった。それは在来、衣裳美を主として描かれていた絵画が、洋画の輸入以来、裸体美を主眼として描かれるようになったのと同じ程度の変化であった。
それが吾々日本人にとって、たしかに新しい傾向であった事は、やはり誰しも否定し得ないところであろう。
ところが又その明治末期から、大正以降に於ける探偵小説の輸入と流行は、そうした傾向を更に低級化し、深刻化した。モット尖鋭な肉慾や、変態心理や
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