てお辞儀をした。
  では……
  あの……
  御免遊ばして……
 令嬢はケースの中から最前憲作が撰り出した最大のダイヤを抓《つま》み上げた。指にはめてみるとちょうどよかった。如何にも気まり悪そうに徳市の顔を見て笑った。
  あの……
  これを頂いても……
  よろしゅう御座いましょうか……
 徳市は溶《とろ》けるような顔をしてうなずいた。
 貴婦人と令嬢は深い感謝の表情をした。
 貴婦人は番頭の久四郎に指環の価格をきいた。
 久四郎は慌ててペコペコし出した。
  ヘイ……
  一千二百円で……ヘイ……
  毎度どうも……ヘイ……ヘイ……
 貴婦人は手提《てさげ》から札の束を出して勘定して久四郎に渡した。
 久四郎は今一度勘定して受け取った。ダイヤの指環をサックに入れて渡しながら盛んに頭を下げた。
 徳市はボンヤリ見とれていた。
 令嬢は手提から小さな名刺を出して一礼しながら徳市に渡した。
  あの……
  まことに失礼で御座いますが……
  わたくしはこのようなもので……
  唯今はまことに……
 徳市は名刺を受け取った。同時に自分の名刺のない事に気が附いてハッとした。
 憲作は
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