長先生の前に呼出された時のように……。
「……はい……」
「はいではありません。子供の癖に真夜中に起きて家《うち》の中をノソノソ歩きまわるなんて……何て大胆な……恐ろしい娘《こ》でしょう……」
 マダムの口調は憎しみにみちみちていた。玲子はモウぽとりぽとりと涙を滴《た》らしながら普通《ただ》さえ狭い肩をすぼめて、わなわなと震えていた。
「はい……あの……あの……泥棒が……」
「……泥棒……何が泥棒です……」
「あの……あの……このごろ……アムールが御飯を食べなくなりましたので……」
 マダムの薄い唇に冷笑が浮かんだ。
「ほほほ。利いた風なことを言うものではありません。泥棒が家《うち》の犬を手馴ずけるために何か喰べ物でも遣っていると言うのですか」
「……………」
「ハッキリ返事をなさい」
「……ハ……ハイ……」
「何がハイです。うちのアムールは、そんなに手軽く他所《よそ》の人に馴染《なじ》むような馬鹿犬ではありません。それとも誰か怪しい者がこの家《うち》を狙っている証拠でもありますか」
「……………」
「ハッキリ返事をなさい」
「ハイ……ハ……ハイ……」
「あると言うのですか」
「………
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