ろが玲子が三階の物置へ通ずる狭い板梯子へ片足を踏みかけようとした時に、サロンの天井に吊された美事なキリコ硝子《ガラス》のシャンデリアがパッと輝き出したので、玲子は思わずハッと身を縮めたまま背後を振り返った。あんまり急に明るくなったので眼をパチパチさせてみたが暫くは何も見えなかった。玲子は梯子段に片足を踏みかけて振返ったまま石のように固くなってしまった。
「あら……お母様……」
 サロンの片隅の寝室に通ずるカーテンの蔭から美しい婦人の姿が徐々に現われた。それは三十四五かと見える前髪を縮らした美しいマダムで、全身が刺青《いれずみ》のように青光りする波斯《ペルシャ》模様の派手な寝間着を着た、石竹色のしなやかな素足に、これも贅沢な刺繍のスリッパを穿いていたが、その顔は大理石を彫《きざ》んだように真白く硬《こわ》ばって、大きな美しい二つの瞳には真黒い怒りがみちみちていた。
「何をしているのです」
 その声は低くて力があった。小柄な、瘠《やせ》こけた、見すぼらしい姿の玲子は、たださえ色の悪い顔色を一層、青白く戦《おのの》かしながらマダムの方へ向き直って、赤茶気たお河童《かっぱ》さんをうなだれた。校
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