……」
「あなたは……どうしてソンナにしぶといのですか」
 そういううちにマダムの背後《うしろ》に隠れていた白い肉付きのいい右手が前に出て来た。その手には黒い、短い、皮革《なめしがわ》の鞭《むち》がシナシナと撓《しな》っていた。
 玲子は、それを見るなりグッタリと力を失ってしまった。今にも気絶しそうに左手の柱に掴まると、右手で懐中から一通の封筒を取出してマダムの方向へ差出した。ガックリとうなだれて涙をハラハラと流しながら……。
 その封筒の文字を、遠くから一目見ると、マダムはハッと顔色を変えた。しかし又すぐに何も知らぬ白々しい顔になって冷笑した。
「ホホホ。神経過敏にも程があるわねえ、この児《こ》は……何です……見せて御覧なさい」
 といううちにツカツカと近寄って来てその手紙を引ったくって無造作に封を破った。中味を拡げるとシャンデリアの方向に向けて読み初めた。
 玲子は今にも鞭が降り落ちて来るかのように、その前にペタリと坐って両手で顔を蔽うた。
「ホホホ。この手紙がどうしたんですか……何ですって……『弓子、久し振りだなあ、よもや忘れはしまい。俺は十五年前に別れたお前の夫、沼霧匡作《ぬま
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