そうしてあの手紙をあの女が読み初めたのです」
 玲子は恐ろしかったその時のことを思い出して今更のように身体《からだ》を縮めた。
「あの時のあの女の度胸のよかったこと……あんなにも恐ろしい手紙を読みながら平気の平左で、即座に玲子さんを欺して、この僕をオビキ寄せさせようとした、あの智慧の物すごかったこと……僕はあのルンペン男の背後に隠れて聞きながらゾッとしてしまいましたよ」
 と言いさして中林先生はホッとふるえたタメ息をした。玲子もまたガタガタふるえ出しそうになったのを中林先生の腕に縋ってやっと我慢した。
「けれどもあの時にあの女がアノ手紙を読んだり、その文句を冷やかしたりさえしなければ、あの女は殺されなくともよかったのでしょう。『雉《きじ》も啼かずば撃たれまいに……』という諺《ことわざ》の通りであの女は命を取られる運命を自分で招きよせたのでした。……あの手紙を読んでいる中《うち》にあの女が、あの女の前の夫を馬鹿にしている。自分を怨んでいる前の夫の脱獄囚を嘲笑《あざわら》い振り棄てて自分一人でうまいことをして逃げようとしている。うっかりすると又、警察へ密告する気かも知れない……と気がついた
前へ 次へ
全27ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング