その襟筋に熱い熱い感謝の涙を落しかけた。
中林先生も声をうるませた。
「ほんとうですともほんとうですとも。僕が附添って入院させたのですから。そうして何もかもお話しておいたのですから御心配に及びません。その時に何もかもおわかりになった大沢先生は僕の手を握って、玲子のことを頼む頼むと何度も言われましたから、僕も一生懸命になって気をつけているところへ、思いがけない昨日《きのう》のお手紙でしょう。あの悪党女が、お父さんのお留守を利用して、自分一人だけでお金を盗んで逃げようとしているのを感づいた、もう一人の男の悪党が横合いから飛込んで、そのお金をあの女ごと引ったくろうとしているのです……そのためにはドンナ恐ろしい犠牲を払ってもいい覚悟をしているらしい。一刻も猶予しないつもりらしいことがわかりましたから、僕は直ぐにこの家《うち》に忍び込んで、どんなことが起るか待ち構えていたのです。それを知らずにあの男は、お父さんのお留守を幸いに忍び込んで、あの女を脅迫しようと思ったのでしょう。短刀を持って抜足、さし足この段々の下まで来ると、ちょうどその時にこのサローンであの女と玲子さんとの問答が初まったのです。
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