いた。睡《ね》むいのを我慢しながらモウ青白く夜の明けている狭い梯子段を伝い降りて、母親の寝室のカーテンの中へ走り込んで行った。もしや……と胸を轟《とどろ》かしながら……母親を気づかいながら……。
けれども玲子は寝室の中へ一歩を踏み入れかけると同時にハッと立止まった。寝室の中の光景を一目見ると、入口の柱に獅噛《しが》みついてガタガタと震え出したのであった。
ツイ今しがたまでピンピンしていたマダムの竜子が、派手な寝間着のまま、寝台から床の上に引きずり卸《おろ》されて、髪を振り乱したまま仰向けさまの大の字になって横わっている。その左の胸に血だらけになった白鞘《しらざや》の匕首《あいくち》が一本、深々と刺さっている。その屍体の背中の下から黒い血がムルムルと流れ出して高価な露西亜《ロシア》絨氈の花模様の上を浸み込んでは流れ、流れては浸み込みして大きな花ビラのように拡がってゆく。
そのほかには誰も居ない。
玲子はもうハアハアと息を切らして眼が眩《くら》んだようになっていた。髪の毛が一本一本に逆立って、身体《からだ》中がガタガタと音を立てそうになるのをジッと我慢しながら、その惨死体がたしかに
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