する人間がチョイチョイ方々に出て来るのよ。……ことによるとこれはソンナ風にして玲子さんを欺して家《うち》を飛び出さして、どこかへ親切ごかしに誘拐するつもりで出した手紙かも知れないね。そうして玲子さんはもう半分がトコ欺されていたのかも知れないわ。ねえ玲子さん……そうじゃない……ホホホ」
「……………」
「お母さんがいなかったら玲子さんは大変なことを仕出《しで》かして終《しま》うところだったかも知れないわ。……お母さんは玲子さんよりも年上です。玲子さんよりもズッとよく世間を知っているのですからね。こんな馬鹿な脅迫状にひっかかるような意気地のない、馬鹿な女じゃないのですからね。きょうにも夜が明けたら警視庁へ電話をかけて、この手紙のことを知らせれば直ぐにこの字を書いた本人が捕まるのですからね。そうしたらその男の正体がわかるでしょう。あたしが、そんな根高弓子なんていう女とは似ても似つかない女であることがハッキリするでしょう。……わかって玲子さん……」
玲子は眼をパチパチさせながら半分無意識にうなずいた。それでも何だか急に淋しくて、悲しくなって来たようなので、両手を顔に当ててシクシクと泣き出した。マダムの竜子はその背中を優しく撫でてやった。
「泣くことなんかチットモないわよ。玲子さん。あなたはこの手紙の中味を盗み読みしたり、先生に話したりはしないでしょうね」
玲子はお河童《かっぱ》さんの頭を烈しく左右に振った。ブルブルッと身ぶるいするかのように……そうして急に恐ろしくなって来たために、泣声も出ないくらい息苦しくなって来た。
「ホホホ。意気地がないのねえ。あんまりアナタが神経過敏すぎるからよ。……ね。玲子さん……よござんすか。よしんばこの手紙が全部ほんとうで、お母さんが根高弓子という恐ろしい毒婦だったとしても、あなたはチットモ心配することはないのですよ。あたしの戸籍はチャントしていて、正しいアナタのお母さんに違いないのですからね。こんなケチなユスリにかかってビクビクするような子爵夫人じゃないんですからね。チェッ。馬鹿にしてるわよ。ホントニ……」
マダム竜子のこうした言葉尻は、貴夫人に似合わない下品な、毒々しい調子であった。玲子も両手を顔に当てたままビクッとした位であったが、竜子は直ぐに言葉を柔らげて今一度、玲子の背中を撫でてやった。
「サアサア玲子さん。モウじきに夜が明けま
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