その名刺をポケットに落し込みながら、私は取りあえず凱歌を揚げた。早川というのは九大医学部の寺山内科に居る、医学士の医員で、記者仲間に通った色魔に相違なかった。その背後には姉歯《あねば》なにがしという産科医がいて、何かしら糸を操っているという噂まで、小耳に挟んでいる。又、時枝ヨシ子というのは、これも同大学の眼科に居る有名な美人看護婦ではないか。……二人の関係は二三箇月前にチラリと聞いた事があるにはあったが、評判の美人と色魔だけに、いい加減に結び付けた噂だろう……なぞと余計なカン[#「カン」に傍点]を廻《ま》わしていたのが悪かった。もうここまで進んでいたのか……と思い思い今度は下駄を裏返してみると、まだ卸《おろ》し立てのホヤホヤで、福岡市|大浜竪町《おおはまたてちょう》金佐《かねさ》商店という商標《マーク》が貼ってあって、踵《かかと》の処に※[#「┐」の中に「サ」、屋号を示す記号、188−7]と刻印が打ち込んである。次にビーズ入りのバッグを開いてみると、新しいハンカチが二枚と、六円二十何銭入りの蟇口《がまぐち》と、すこしばかりの化粧道具を入れた底の方から、柳川ヨシエという名宛《なあて》
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