思わず耳と眼を塞《ふさ》いで立ち竦《すく》んでいた私は、その音響が通過すると直ぐに又、新聞記者の本能に立帰った。編上靴《あみあげぐつ》を宙に踊らせて、二十間ばかり向うに投げ出されている、屍体の傍へ駈けつけた。線路の左右の田の中から、訳のわからない叫び声があとからあとから起るのを聞き流しながら……。
 まだ生きているのと同様に温かい女の屍体を、仰向けに引っくり返して見ると、どんな風にして車輪にかかったものか、頭部に残っているのは片っ方の耳と綺麗な襟筋だけである。あとは髪毛《かみのけ》と血の和《あ》え物《もの》みたようになったのが、線路の一側《ひとかわ》を十間ばかりの間に、ダラダラと引き散らされて来ている。その途中の処々に鶏《にわとり》の肺臓みたようなものが、ギラギラと太陽の光を反射しているのは脳味噌であろうか。右の手首は、車輪に附着《くっつ》いて行ったものか見当らず、プッツリと切断された傷口から、鮮血がドクリドクリと迸《ほとば》しり出て、線路の横に茂り合った蓬《よもぎ》の葉を染めている。その他の足袋の底と着物の裾に、すこしばかり泥が附いているだけで、轢死体《れきしたい》としては珍らし
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