、その上にビーズ入りのバッグを静かに載せた。そうして右手で襟元を繕《つくろ》いながら、左手で前裾をシッカリと掴むと、白足袋を横すじかいに閃《ひら》めかして、汽鑵車の前に飛び込もうとしたが、線路の横の砂利に躓《つまず》いて、バッタリと横向きに倒れた。その拍子に右手で軌条《レール》を掴んで起き上りかけたが、何故か又グッタリとなって、軌条《レール》のすぐ横の枕木の上に突伏した。そのまま白い両手を向うむきに投げ出して、肩を大きく波打たして、深いため息を一つしたように見えた。
 私はそれを石のように固くなったまま見とれていたように思う。身動きは愚か、瞬き一つ出来ないままに……と思う間もなく女の全身に、真黒な汽鑵車の投影《かげ》が、矢のように蔽いかかった。するとその投影《かげ》の中から、群青《ぐんじょう》と淡紅色《ときいろ》のパラソルが、人魂《ひとだま》か何ぞのようにフウーウと美しく浮き出して、二三間高さの空中を左手の方へ、フワリフワリと舞い上って行ったが、その方にチラリと眼を奪われた瞬間に、虚空を劈《つんざ》く非常汽笛と、大地を震撼する真黒い音響とが、私の一尺横を暴風《はやて》のように通過した。
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