次の瞬間にはもう正門前の道路を、女の行く畦道と直角の方向に引返していた。
 そうしてその取付《とっつ》きの百姓家の蔭から、田に添うた桑畑の若い葉の間を、女と並行した方向に曲り込むと、急に身を伏せて、獲物を狙う獣《けもの》のように、線路の方へ走り出したが、桑畑と線路との境目に在る、狭い小川を飛び越えた時には、スッカリ汗まみれになって、動悸が高まって、眼が眩《くら》みそうになっていた。
 女はもうその時に田の畦を渡りつくして、半町ばかり向うの線路に出ていたが、軌条《レール》の横の狭い砂まじりの赤土道を、汽車の来る方向に、さり気なく、気取った風付《ふうつ》きで歩いて行くようすである。
 勢込んで来た私は、そうした女の態度を見ると、ちょっと躊躇して立ち止まった。覚悟の轢死じゃないのかしら……と思って……。
 ……と思う間もなく、真正面《まっしょうめん》に横たわる松原の緑の波の中から、真黒な汽鑵車が、狂気のように白い汽笛を吹き立てつつ、全速力で飛び出して来た。機関手が女の姿を発見したに違いないのだ。
 それと見た女は洋傘《パラソル》を、線路の傍の草の上に、拡げたままソッと置いた。下駄を脱ぎ揃えて
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