中歯《ちゅうば》の下駄を穿《は》いていたが、霖雨《ながあめ》でぬかるむ青草まじりの畦道《あぜみち》を、綱渡りをするように、ユラユラと踊りながら急いで行くと、オールバックの下から見える、白い首すじと手足とが、逆光線を反射しながら、しなやかに伸びたり縮んだりする。その都度に、華やかな洋傘《パラソル》の尖端《さき》が、大きい、小さい円《まる》や弧を、空《くう》に描いて行くのであった。
 そこいらの田に蠢《うご》めいていた田植笠が、一つ二つ持ち上って、不思議そうにその女の姿に見惚《みと》れはじめた。……と見るうちに、左手の地蔵松原の向うから、多々羅《たたら》川の鉄橋を渡って、右手の筥崎駅へ、一直線に驀進して来る下り列車の音が、轟々《ごうごう》と近づいて来る気はいである。それにつれて女の足取りも、心持ち小刻みに急ぎ始めたように見えた……。
 ……私は今一度ハッと胸を躍らした。思わず、
「……止めろッ……轢死《れきし》だッ……」
 と叫びかけたが、その次の瞬間に私は又、グッと唾《つば》[#「唾《つば》を」は底本では「睡《つば》を」]嚥《の》み込んだ。……これは新聞|記事《だね》になるな……と思った
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