イこの頃、九大工学部に起ったチョットした事件を物にすべく、福岡市外|筥崎町《はこざきちょう》の出外れに在る赤|煉瓦《れんが》の正門を、ブラリブラリと這入《はい》りかけていたのであったが、あんまり暑いので、阿弥陀にしていた麦稈《むぎわら》帽子を冠り直しながら、何の気もなく背後《うしろ》をふり帰ると、ハッとして立ち止まった。
工学部の正門前は、広い道路を隔てて、二三里の南に在る若杉山の麓《ふもと》まで、一面の水田になっていて、はてしもなく漲《みなぎ》り輝く濁水《にごりみず》の中に、田植笠が数限りなく散らばっている。その田の中の畦道《あぜみち》を、眼の前の道路から一町ばかり向うの鉄道線路まで、パラソルを片手に捧げて、危なっかしい足取りで渡って行く一人の盛装の女がいる。
そのパラソルは一口に云えば空色であるが、よく見ると群青《ぐんじょう》と、淡紅色《ときいろ》の、ステキに派手なダンダラ模様であった。小倉縮《こくらちぢみ》らしいハッキリした縞柄《しまがら》の下から、肉付きのいい手足と、薄赤いものを透きとおらして、左手にビーズ入りのキラキラ光るバッグを提《さ》げて、白|足袋《たび》に、表付きの
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