切《あぶらぎ》った笑い顔を見ると、私はホッと救われたような気持ちになって、バットを三個《みっつ》ばかり受け取ったが、とりあえず一本引き出して吸口をつけながら、こころみに聞いて見た。
「この向うに花房って家《うち》がありますね」
「ヘエ……」
 と私の顔を見たお神さんは、急に笑い顔をやめて、大きくうなずいた。
「あの家《うち》のお嫁さんは死んだんですか」
「ヘエ……」
 と云いながらお神さんは、一層|魘《おび》えた表情になって、唾をグッと嚥《の》み込んだ、私は占《し》めたと思いながら帳場に近づいて、火鉢の炭団《たどん》にバットを押しつけた。
「マッチでお点《つ》けなさいまっせえ。炭団では火がつき悪《にく》う御座いますけん」
 と云ううちにお神さんは、私の横にベッタリと腰をかけて、マッチの箱をさし出した。このお神さんはあの家《うち》の事を喋舌《しゃべ》りたがっているナ……と私は直覚した。
 それから根掘り葉掘りして、私一流の質問を続けてみると、果してお神さんの説明は、一々興味深い新聞種になって行った。但、筋は極めて単純であった。
 花房というのは現在、福岡の電燈会社の工夫をやっている男で、
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