……」
 と云いつつ私を見詰めると、モクモクと口を動かした。その疑うような白い眼付きを見ると、私はたまらない程奇妙な気持ちになったので、新聞の事も何も忘れてしまって、取って附けたようにお辞儀をした。
「それじゃ……いずれ又……」
「……ア……さようで……アナタ……」
 そう云いながら老婆は、何かもっと云いたいような顔付きをしたが、又モクモクと口を動かすと、黙り込んでしまった。
「ドウゾお構いなく、いずれ又そのうちに……どうぞ宜《よろ》しく……」
 と切れ切れに云い云い玄関に出て、靴に足を突込むや否や表に飛び出して、格子戸をピシャリと閉めた。オシノ婆さんが這いずりながら、追っかけて来るような気がしたので……。

 それから一町ばかりのあいだを、スッカリ失望した気持ちになって、小急ぎに歩いた私は、八幡《はちまん》前の賑やかな通りへ出る四五軒手前の荒物屋の前まで来ると、フト立ち止ってその店の中へ這入った。
「バットがありますか」
「入《い》らっしゃいませ」
 とステキに明るい声が奥の方からして、デブデブに肥った四十恰好のお神《かみ》さんが、乳呑み児を横すじかいに引っ抱えながら出て来た。その脂
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