て思い出したように横を向いて唾を吐いた。

 それから二十分程経つと、私は筥崎の町役場へ行って死亡届を調べていた。そうして、それから又、十分ばかりの後には、筥崎八幡宮の裏手の森蔭に「花房敬吾」と標札を打った、長屋風の格子戸の前に突立っていた。
「……御免下さい……お頼み申します……御免下さい……」
 と二三度繰り返すと、何の返事も無いままに、格子の中の玄関の破れ障子《しょうじ》がガタガタと開《あ》いた。
「……敬吾かえ……」
 と云うシャガレた声が聞えると間もなく、一人の老婆が、障子に縋《すが》り付くようにして這い出して来た。
 私は又もやドキンとさせられた。古い格子越しに見ると、その老婆は、黄色い胡麻塩《ごましお》頭が蓬々《ほうほう》と乱れて、全身が死人のように生白く、ドンヨリと霞んだ青い瞳を二ツ見開いて、一本も歯の無い白茶気た口を、サモ嬉しそうにダラリと開《あ》いている。身体《からだ》には垢だらけの手拭|浴衣《ゆかた》を着て、赤い細帯を捲きつけていたが、帽子を取った私の顔を見上げると、みるみる暗い、萎《しな》び込んだ表情にかわってしまった。
「ドナタサマデ……アナタ……」
 と頭を
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