下げつつゴックリと唾を呑んだ。
 私は返事するのを躊躇した。この新聞材料《たね》にぶつかった最初から受け続けている、何とも云えないイヤナ感じを、ここでもっと突込んでみようか……それともこの辺で思い切ってしまって、もっと明るいキビキビした、ほかの材料《たね》に乗り換えようかと、一瞬間思い迷った。けれどもその時に私は、今までの惰力とでもいうべき一種の気持ちに押されて、ツイ間に合わせの返事をしてしまった。
「……エエ……敬吾君と以前御交際を願っておりました……和田というものですが……」
「オオオオ、それはそれは。まあお這入り下さいまし。お上り下さいまし。……アナタ……」
 と云ううちに老婆は、古ぼけた畳の上を、赤ん坊のようにベタベタと這いながら引込んで行った。そのあとを見送って考えていた私は、やがて又、思い切って格子戸を開いた。
 家は二畳の玄関と、一坪ほどの台所と便所と、八畳の座敷に押入れと床の間という、古ぼけた長屋みたような瓦落多普請《がらくたぶしん》であるが、家具らしいものはあまり見えない。座敷は両側とも雨戸を閉めて、蚊帳《かや》が一パイに釣ってあるので、化物屋敷のように暗い上に、黴臭
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