ダラダラと浴びて、さながら血まみれになっているようで、白い砂の上に引きずった尾の周囲《まわり》は勿論のこと、幟棹の根元から、白木の墓標の横腹へかけていろんな毒々しい、気味わるい色の飛沫《したたり》を一パイに撒《ま》き散らしたまま、ダラリと静まり返っている。ただ、棹の上に取り付けてある矢《や》の羽型《はがた》の風車が、これも彩色を無くしたまま、時折り、あるか無いかの風を受けて廻転しかけては、ク――ック――ッと陰気な音を立てているばかり……空は一面の灰色に曇って、今にも降り出しそうである。
 私は白砂の染まった処を踏まないように、グルリと遠まわりをして、小さな松の角材で建てられた、墓標の表面を覗いて見たが、又も奇怪な事実を発見したので、思わず唾《つば》を嚥み込んだ……真黒々《まっくろぐろ》になるほど浸《し》み流れた墨汁の中に「花房ツヤ子之墓」と書いた拙《まず》い楷書が威張っている。裏の文字を見ると「……四月三十一日卒……行年二十三歳……」とある……ツイ十日ばかり前に出来た仏様である。
 ……若い女の墓と……鯉幟と……心の中で繰り返しつつ、私は暫くの間石のように立ち竦《すく》んでいたが、やが
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