く振った。
しかし筥崎駅で汽車が停ると、私は妙に降りて見たくなった。それでも暫く躊躇して考えていたが、発車間際に思い切って飛び降りて見ると、今度は是が非でも今一度、あの墓原へ行かなければならないような気持になった。それは一種の新聞記者本能で、あの墓原の鯉幟が、何かしら面白い記事になりそうに直感されたからでもあったろう……が……一方から考えるとこの時既に、アノ鯉のぼりが象徴している不可思議な、悪魔的な魅力が、グングンと私の心を引き寄せていたのかも知れない。とうとう社へ出るのを後まわしにして、鉄道線路を十五六町程引返すと、最前の墓原へやって来た。
幟棹は墓地の最南端の、麦畑や村落を見晴らした処に樹《た》てられていた。二間ばかりの細い杉丸太の根元を、砂の中に埋めたもので、大小三匹の紙製の鯉は、いずれも数日前からブラ下っていたものらしく、上の方の一番大きな緋鯉《ひごい》も、その次の青も、その下の小さな黒鯉も、雨や夜露に打たれて色が剥《は》げ落ちたまま、互いにピシャンコになってヘバリ附き合っている。その中でも一番下の黒鯉は、半分以上白鯉になっているのに、上の二匹から滴り落ちた赤と青のインキを
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