お蔭で、お前と結婚した……という結論になるのが、何となくイヤでたまらなかったので……。
 ところがそれから一年足らず経過した、翌年の五月十日の或る曇った朝のこと……九州本線の下り列車は、いつもの通り風光明媚な香椎潟を横断して、多々羅《たたら》川の鉄橋を越えて、前の事件の背景《バック》になった、地蔵松原の入口で大曲りをすると、一直線に筥崎駅まで、ステキに気持ちのいいスピードをかけるのであったが、その線路の南側に展開する麦畑や、菜種畑のモザイクを、松原越しに眺めるともなく眺めて行くうちに、フト妙なものが私の眼に止まった。
 松原の中に一町四方ばかりの墓原《はかはら》がある。その南の端の、すこし離れた処に在る、小さな白木の墓標の前に、赤と、青と、黒と、大小三匹の鯉を繋いだ、低い幟棹《のぼりざお》が立っている……と思ううちにその光景は、松の幹の重り合った蔭になってしまった。
 ……この頃死んだ男の子の墓だな……と思うと、私は何とも云えないイヤナ気持ちになった。ジッと眼を閉じると間もなく、薄暗く、ダラリと垂れた鯉幟《こいのぼり》の姿が、又もアリアリと瞼《まぶた》の内側に現われたので、思わず頭を強
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