終わり]
 と腹の中で勘定をつけながら、とりあえずバットを啣《くわ》えてマッチを擦った。
 それから数時間の後《のち》、私は今川橋行きの電車の中で、福岡市に二つある新聞の夕刊の市内版を見比べて微笑《ほほえ》んでいた。ほかの新聞には「又も轢死女」という四号|標題《みだし》で、身元不明[#「身元不明」に傍点]の若い女の轢死が五行ばかり報道してあるだけで、姙娠の事実すら書いてないのに反して、私の新聞の方には初号三段抜きの大標題《おおみだし》で、浴衣《ゆかた》を着た早川医学士と、丸髷《まるまげ》に結った時枝ヨシ子の二人が並んで撮った鮮明な写真まで入れて、次のような記事が長々と掲載されていた。

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▼標題《みだし》……「田植連中の環視の中で……姙娠美人の鉄道自殺……けさ十時頃、筥崎駅附近で……相手は九大名うての色魔……女は佐賀県随一の富豪……時枝家の家出娘」……「両親へ詫びに帰る途中……思い迫ったものか……この悲惨事」……
▲記事……(上略)……時枝ヨシ子(二〇)が東京にあこがれて家出をしたのは、四年前の事であったが、何故《なにゆえ》か東京へは行かずに、博多駅で下車し、福岡
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