の燭台だけが消え残っていた。これは広間一面に血の雨を降らせ合っている殺陣連中が、敵も味方も目が眩《くら》んでいながらに、そうした頭山満の端然たる威風に近づくとハッと気が付いて遠ざかったからであった。
その頭山満の左右と背後の安全地帯に逃げ損ねた芸者仲居が、小さくなって固まり合って、生きた空もなくなっていた。しかし頭山翁は格別変った気色《けしき》もなく、活動のスクリーンでも見てるような態度で、眼前《めのまえ》の殺陣を眺めまわしていたが、そのうちにフト自分の傍《そば》に一人の舞妓がヒレ伏しているのに気が付くと、片手でその背中を撫でながら耳に口を寄せた。
「オイ。今夜俺と一緒に寝るか」
これは頭山翁お気に入りの仲居、筑紫お常婆さんの実話である。この婆さんも亦《また》、一通りならぬ変り物で、ミジンも作り飾りのない性格であったから、機会があったら別に紹介したいと思う。
この婆さんが黙って死んだのでホッと安心して御座る北九州の名士諸君が多い事と思うが、しかしまだまだ御安心が出来ませぬぞ。この婆さんから筆者がドンナ話を聞いているか知れたものではないのだから……。
頭山翁のノンセンス振りと来
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