百姓。高知という処はドッチの方角に当るのか」
「コッチの方角やなモシ」
「ウン。そうか」
と云うなりグングンその方角に行く。野でも山でも構わない式だからたまらない。玄洋社代表は迷わなくても道の方が迷ってしまう。その中《うち》に或る深山の谷間を通ったら福岡地方で珍重する忍草《しのぶぐさ》が、左右の崖に夥しく密生しているのを発見したので、奈良原到が先ず足を止めた。
「オイ。頭山。忍草《しのぶ》が在るぞ。採って行こう」
「ウム。オヤジが喜ぶじゃろう」
というので道を迷っているのも忘れて盛んに※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》り始めたが、その中《うち》に日が暮れて来たので気が付いてみると、荷車が一台や二台では運び切れぬ位、採り溜めていた。
「オイ。頭山。これはトテモ持って行けんぞ」
「ウム。チッと多過ぎるのう、帰りに持って行こう」
それから又行くと今度は山道七里ばかりの間人家が一軒も無い処へ来たので、流石《さすが》の玄洋社代表も腹が減って大いに弱った。ところへ思いがけなく向うから笊《ざる》を前後に荷《かつ》いだ卵売りに出会ったので呼止めて、二人で卵を買って啜《すす》り
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