の深い同情心とを以《もっ》て、敬意を払い得る人の在りや無しやを問いたいために云うのである。
その真黒く、物凄く輝く眼光は常に鉄壁をも貫く正義観念を凝視していた。その怒った鼻。一文字にギューと締った唇。殺気を横たえた太い眉。その間に凝結、磅※[#「石+(蒲/寸)」、第3水準1−89−18]《ほうはく》している凄愴《せいそう》の気魄はさながらに鉄と火と血の中を突破して来た志士の生涯の断面そのものであった。青黒い地獄色の皮膚、前額に乱れかかった縮れ毛。鎧《よろい》の仮面に似た黄褐色の怒髭《どし》、乱髯《らんぜん》。それ等に直面して、その黒い瞳に凝視されたならば、如何なる天魔鬼神でも一縮《ひとちぢ》みに縮み上ったであろう。況《いわ》んやその老いて益々筋骨隆々たる、精悍《せいかん》そのもののような巨躯に、一刀を提《ひっさ》げて出迎えられたならば、如何なる無法者と雖《いえど》も、手足が突張って動けなくなったであろう。どうかした人間だったら、その翁の真黒い直視に会った瞬間に「斬られたッ」という錯覚を起して引っくり返ったかも知れない。
事実、玄洋社の乱暴者の中ではこの奈良原翁ぐらい人を斬った人間は
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