もっともそういうこっちもお上《かみ》に鑑札を願っている専門医じゃないのだから、診察料や薬礼は一切取らない。その代りに万一助からなくたって責任は無い。殺すつもりで生かしたり、生かすつもりで殺したりする事も珍らしくないんだが、毛頭怨まれる筋はないんだから呑気な商売だ。ともかくも会ってやって、ともかくも病状を聞いてやる。金が有れば払ってやる。面識がある奴には紹介してやる。信用があれば小切手でも何でも書いてやる。それでも方法の附かない難物は、考えておいてやるから明日来いと云って一先《ひとま》ず追っ払っておく。むろん明日来たって明後日《あさって》来たって成算の立ちっこない難物ばかりだが、アトは野となれ山となれだ。その日一日を送りさえすればいいのだから、他人の迷惑になろうが、後《あと》になって大事件になることが、わかり切っていようが構わない。盲目滅法《めくらめっぽう》に押しまくってその日一日を暮らす。それから妻子《つまこ》や書生の御機嫌取りだが、これも生きている利子と思えば何でもない。好きな小説本か何か読んで何も考えずに寝てしまう。
 サテ翌る朝になったと見えて雀の声がする。パッチリと眼を開くと
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