謂、巧妙な空小切手であるのみならず、三時間でも五時間でもタッタ一人で喋舌《しゃべ》っておいて、そんな連中が帰ると直ぐに、あとから訪問して待っていた客に、
「イヤ。どうもお待たせしました。彼奴《きゃつ》が来ると長尻でね。僕の所を煩悶解決所と心得て一人で喋舌って帰るのでね」
なぞとズバズバやるので、相当気の強い連中でもグラグラと参ってしまう。法螺丸の法螺がイヨイヨ後光がさして来る事になる。
次に、法螺丸の法螺の実例を列挙してみる。
医学博士を掴まえて曰《いわ》く、
「医者という商売は、商売とは云えませんね。何より先に脈を手に取る瞬間から、こいつを殺してやろうとは思っていない。たしかに助けてやろうと思っているのだから、商売とは云い条、全然、商売気を離れている。人の面《つら》さえ見れば儲けてやろうと思っている奴ばかり多い世の中にタッタ一つ絶対に信用出来るのはお医者様ですね」
と来るから大抵の医学博士は感心してしまう。すっかり喜んでしまって、自分の苦心談や、研究の内容なぞをドン底まで喋舌ってしまう。法螺丸は又、そいつを地獄耳の中に細大洩らさずレコードしておいて、ほかの医学博士に応用する
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