発《らんぱつ》している。その空小切手を掴んだ連中は、その空小切手を潰されちゃ堪らないもんだから、寄ってたかってその空小切手を裏書きすべく余儀なくされているのだ。福沢桃介が法螺丸にシテヤラレた話だって、眉唾《まゆつば》ものかも知れないんだよ」
 と狐を落すように卓《テーブル》をたたいても、
「イヤ。たしかに法螺丸は豪《えら》いと思うね。それだけの空小切手を廻すだけでも、並の人間には出来ない事じゃないか」
 といったような事になってしまう。

 事実、法螺丸の法螺は、大隈重信の法螺とは段違いのところがある。少くとも大隈重信の法螺は、百科辞典の範疇を出《い》でないのに対して、法螺丸の法螺はたしかに百科辞典を超越した一種の洒落気《しゃれけ》と魔力とを兼ね備えている。たとえば医学博士を掴まえて医術の講釈をこころみ、禅宗坊主を向うに廻わして禅学の弊害を説教する。三井物産の重役が来ると不景気の救済策を授け、外務大臣が来ると軍部の実力を説いて感心させ、軍部の首脳部と会談すると外交の妙諦を説法して頭を掻かせる。皆、彼、法螺丸一流の悪魔のような理解力と、記憶力を基礎として、彼一流の座談の妙諦を駆使した、所
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