はじめたところを見ると、何喰わぬ顔をして俺に仇討《あだう》ちをしに来ているらしいから面白いじゃないか。だから俺も一つ何喰わぬ顔をして彼奴に仇《あだ》を討たれてやるんだ。そうして今度は前よりもウンと彼奴の金を使ってやるんだ。事によると彼奴めが俺に仇《あだ》を討ち終《おお》せた時が身代限りをしている時かも知れぬから見ておれ」
因《ちなみ》に彼……杉山其日庵主は、こうした喰うか喰われるか式の相手に対して最も多くの興味を持つ事を生涯の誇りとし楽しみとしている。そうして未だ嘗て喰われた事がないことを彼に対して野心を抱く人々の参考として附記しておく。
話がすこし脱線したが、其日庵主は玄洋社を離脱してから海外貿易に着眼し、上海《シャンハイ》や香港《ホンコン》あたりを馳けまわって具《つぶさ》に辛酸を嘗《な》めた。
その上海や香港で彼は何を見たか。
その頃は支那に於ける欧米列強の国権拡張時代であった。従って彼、杉山茂丸は、その上海や香港に於て、東洋人の霊と肉を搾取しつつ鬱積し、醗酵し、糜爛《びらん》し、毒化しつつ在る強烈な西洋文化のカクテルの中に、所謂|白禍《はっか》の害毒の最も惨烈なものを看
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