令《ベーリング》海、アリュウシャン群島に到る暖流、寒流の温度百余個所をノート無しでスラスラと列挙し、そこに浮游する褐藻《かっそう》、緑藻《りょくそう》の分布、回游魚の習性を根拠とする鯨群の遊弋《ゆうよく》方向に及び、日本の新旧漁法をスカンジナビヤ半島の様式に比較し、各種の鯨の肉、骨、臓器、油の用途、価格、販路、英領|加奈陀《カナダ》との競争状態といったような各項に亘って無慮、数千万語、手を挙げ眉を展《の》ばして熱弁する事、約二時間半、夕食が終って、電燈が灯《つ》いてもまだ結論が附かない。やっと二度目のお茶が出てから、
「今の鯨の肉は、鯨の尾の附根に当る処で、肉の層がアーチ型になっている処です。鯨肉の中でも極上|飛切《とびきり》の処で、小鳥や牛肉でも追付かない無上の珍味だったのです」
という結論が附いた。しかし残念な事にこの時には流石《さすが》に謹厳剛直の国家的代表者、八代大将閣下も、武谷広博士も完全に伸びてしまっていた。勿論、二人とも最初は林技師の蘊蓄《うんちく》の物凄いのに仰天して膝を乗出して傾聴していたものであったが林技師大得意のスカンジナビヤ半島談あたりからポツポツ退屈し初めた
前へ
次へ
全180ページ中156ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング