えて来《き》やい」
「ウン。よかろう。行《い》て来《こ》う。今から行て来う。善は急げ……」
「今度は又木の三倍ぐらい掛けて来《き》やい」
「ウン。飲みながら待っとれ。帰りに今少《まちっ》と、肴《さかな》ば提げて来るけに……」
青柳喜平というのは当時から福岡の青物問屋でも一番の老舗《しにせ》で双水執流《そうすいしつりゅう》という昔風の柔道の家元で、武徳会の範士という、仁三郎には不似合いな八釜《やかま》しい肩書附の親友であった。現、角屋の三右衛門氏の養父、現画伯、青柳喜兵衛《あおやなぎきべい》氏の実父。若くして禅学に達し、聖福寺《しょうふくじ》の東瀛《とうえい》禅師、建仁寺の黙雷和尚《もくらいおしょう》に参し、お土産に宝満山の石羅漢の包みを提《ひっさ》げて行って京都の俥屋《くるまや》と、建仁寺内を驚かした。日露戦争の時の如き、福岡聯隊の依頼に応じて、露西亜《ロシア》の俘虜《ふりょ》の中でも一番強力な暴れ者を猫の前の鼠の如くならしめたという怪力、怪術無双の変り者で、筆者ともかなり心安かったので自然この話を同氏の直話として洩れ聞いた訳である。
喜平氏は親友湊屋仁三郎の使者《つかい》として同
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