仁三郎の友人に水野某という青物問屋の主人があった。その又二人の友人で又木某という他県人の青物仲買人があった。その又木某は身寄タヨリのない全くの独身者《ひとりもの》で、兼てから湊屋仁三郎と水野某を保証人として何千円かの生命保険に加入していた。又木|曰《いわ》く、
「俺は篠崎にも水野にも一方《ひとかた》ならぬ世話になった。俺の家《うち》は代々胃癌で死ぬけに、俺も死ぬかも知れぬ。それで万一俺が死んだなら一つ頼むけに俺の葬式をしてくれい。ナア」
涙もろい二人は喜んで証書に印判を捺《お》したものであった。もとより無学文盲の二人の事とて、法律の事なんか全く知らず、盲判《めくらばん》も同然で金額なども全然忘れたまま仲よく交際していた。
ところがどうした天道様の配り合わせか、間もなくその又木が四十五歳を一期として胃癌で死んだ。お蔭で思いがけない巨額の金が、二人の懐《ふところ》に転がり込んだので二人は少なからず面喰った。
「何でも構わぬ。約束は約束じゃ。出来るだけ賑やかに葬式をしてやれ」
というので立派な石塔を建てた上に永代|回向《えこう》料まで納めてしまったが、それでも余った相当の金額を持って
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