人間万事が仁輪加の材料でしかなかった。事窮すれば窮するほど上等の仁輪加が出来るだけの事であった。彼は洒々落々の博多児《はかたっこ》の生粋《きっすい》、仁輪加精神の権化であった。
太閤様を笑わせ、千利休を泣かせるのは曾呂利《そろり》新左衛門に任す。白刃上に独楽《こま》を舞わせ、扇の要《かなめ》に噴水を立てるのは天一天勝《てんいちてんかつ》に委す。木仏、金仏を抱腹させ、石地蔵を絶倒させるに到っては正に湊屋仁三郎の日常茶飯事《おてのもの》であった。更に挙《こ》す。看よ。
やはり湊屋仁三郎が一文無し時代の事。連日の時化《しけ》で商売は出来ず、仕様ことなしに、いつも仲好しの相棒と二人で、博多大浜の居酒屋へ飛込んだ。無けなしの銭《ぜに》をハタキ集めてやっと五合|桝《ます》一パイの酒を引いたが、サテ、酒肴《さかな》を買う銭が無い。向うの暗い棚の上には、章魚《たこ》の丸煮や、蒲鉾の皿が行列している。鼻の先の天井裏からは荒縄で縛った生鰤《ぶり》の半身《かたみ》が、森閑とブラ下っているが、無い袖は振られぬ理窟で、五合桝を中に置いて涙ぐましく顔を見交しているところへ天なる哉、小雨の降る居酒屋の表口に合
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