の缶詰製造を思い立ったが、慣れない商売の悲しさ、缶の製造業者に資本を喰われて、忽ち大失敗の大失脚。スッテンテンの無一物となった三十八年の十一月の末、裾縫《すそぬい》の切れた浴衣一枚で朝鮮に逃げ渡り釜山《ふざん》漁業組合本部に親友林|駒生《こまお》氏を訪れた。林駒生氏は本伝第二回に紹介した杉山茂丸氏の末弟で、令兄とは雲泥、霄壌《しょうじょう》も啻《ただ》ならざる正直一本槍の愚直漢として、歴代総督のお気に入り、御引立を蒙っていた統監府の前技師であった。左《さ》はその直話である。
「ヨオ。仁三郎か。よく来た……と云いたいが何というザマだ。この寒いのに浴衣一枚とは……」
「ウム。俺《おら》あ途方もない幽霊に附纏われた御蔭で、この通りスッテンテンに落ぶれて来た。何とかしてくれい」
「フウン。幽霊……貴様の事ならイズレ女の幽霊か、金《かね》の幽霊じゃろ」
「違う。金や女の幽霊なら、お茶の子サイサイ狃《な》れ切っとるが、今度の奴は特別|誂《あつら》えの日本の水雷艇みたような奴じゃ。流石《さすが》のバルチック艦隊も振放しかねて浦塩《うらじお》のドックに這入り損のうとる。その執拗《しつこ》い事というもの
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