し、上《かみ》は国政の不満から、下《しも》は閨中《けいちゅう》の悶々事《もんもんじ》に到るまで、他愛もなく笑い散らして死中に活あり、活中死あり、枯木に花を咲かせ、死馬に放屁せしむる底《てい》の活策略の縦横|無礙《むげ》なものがなくては、博多仁輪加の軽妙さが生きて来ないのである。
 湊屋の大将こと、篠崎仁三郎は、その日常の生活が悉《ことごと》くノベツ幕《まく》なしの二輪加の連鎖であった。浮世三分五厘、本来無一物の洒々落々《しゃしゃらくらく》を到る処に脱胎《だったい》、現前しつつ、文字通りに行きなりバッタリの一生を終った絶学、無方の快道人であった。古今東西の如何なる聖賢、英傑と雖《いえど》も、一個のミナト屋のオヤジに出会ったら最後、鼻毛を読まれるか、顎骨《あごぼね》を蹴放《けはな》されるかしない者は居ないであろう。試みに挙《こ》す。看よ。
 前回の通り、親友の生胆《いきぎも》を資本《もとで》にして、長崎の鯨取引に成功した湊屋仁三郎は、生れ故郷の博多に錦を? 飾り、漁類問屋をやっている中《うち》に、日露戦争にぶっつかり、奇貨おくべしというので大倉喜八郎の牛缶に傚《なら》って、軍需品としての魚
前へ 次へ
全180ページ中138ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング