思うならば請う、刮目《かつもく》して次回を読め!
(中)
諸君は博多|二輪加《にわか》の名を御存じであろう。御覧にならない方々のためにチョッと知ったか振りを御披露申上げておくが、博多二輪加の本領というものは、東京の茶番狂言や、大阪二輪加なぞと根本的に仕組みの違ったもので、一切の舞台装置や、台本なぞいう面倒なものの御厄介にならない。普通在来の着のみ着のままに、半面《めかつら》をかけて舞台に上るなり、行きなり放題の出会い頭にアッと云わせたり、ドッと笑わせたりするのがこのニワカ芸術の本来の面目である(註曰――現在では台本や装置、扮装に凝《こ》って、単に普通の喜劇を、博多言葉に演ずる程度にまで堕落してしまっている)。だから本来の博多仁輪加では、その出演者同志がお互いに、人生、人情、世態に通暁徹底していなければいけない。お互いに舞台上の演出効果――蔭の花を持たせ合って、透《す》かさず舞台気分を高潮させ合い、共同一致のファインプレイを演出し合うだけの虚心坦懐さがなければ仁輪加の花は咲かない。この生活苦と、仁義、公儀の八釜《やかま》しい憂世《うきよ》を三分五厘に洒落《しゃれ》飛ば
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