やったらキット成功する……というので翁を掴まえ、禅学を説き立てた。翁は黙ってウンウンとうなずきながら聞いていたが、とうとうこの愉快な代議士君に引っぱり出されて鎌倉の円覚寺に釈宗演和尚《しゃくそうえんおしょう》を訪う事になった。
 釈宗演和尚は人も知る禅風練達の英僧、且つ雄弁家で的野代議士の崇拝の的であった。さるほどに宗演老師は天下の豪傑頭山翁の来訪を喜んで、禅学に就いて弁ずる事|良久《ややしばし》。徐《おもむ》ろに翁に問うて曰《いわ》く、
「あんたは前にも禅学を志された事がありますかな」
 翁曰く、
「ウム。在る。しかし素人じゃ」
「ハハア。誰に就いて御修業なされましたかな」
 翁|傍《そば》に小さくなっている背広服の的野代議士をかえりみて、
「ナニ。コイツに習うただけじゃ」
 釈宗演和尚唖然。

 ツイこの間新聞を賑わした法政大学の騒動の時、教授の一人である山崎|楽堂《がくどう》氏が喜多文子《きたふみこ》五段の紹介か何かで単身、頭山翁を渋谷の自宅に訪問した。山崎楽堂氏は現代能評界に於ける一方の大御所で、単純率直、達弁の士である。
 湯から上って来た頭山翁は、翁の居間にチョコンと坐って
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