いる楽堂君を見ると突立ったまま云った。
「君一人か」
「ハイ」
と答えつつ楽堂君は簡単に一礼した。翁はこの時既に法政騒動の成行《なりゆき》と、楽堂氏の性格に関する概念を掴んでいたらしい事を、この簡単な問答の中から推測し得べき理由がある。
それから楽堂君が持って生まれた快弁熱語を以て滔々《とうとう》と法政騒動の真相を披瀝《ひれき》すると、黙々として聞いていた翁は、やがて膝の前に拡げられた法政騒動渦中の諸教授の連名に眼を落した。
「ウーム。あんまり複雑で、ワシにはよくわからんがのう。この教授の中で正しい事を主張しよる奴の頭の上に丸を附けてくれんか」
楽堂君ちょっと呆れたが命令通りに自分の味方の諸教授連の頭の上に丸を附けて見せると翁はニコニコと笑顔を見せた。
「フーム。正しい奴の方が、不正な奴よりもズット多いじゃないか」
「ハイ」
翁はマジマジと楽堂君の顔を見た。
「フフ。意気地《いくじ》がないのう。人数《にんず》の多い方が負けよるのか」
楽堂君は返事に窮した。こう端的に子供アシライにされようとは思わなかったので、眼をパチパチさせていると翁は一層ニコニコし出した。
「ウムウム。まあ
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