ら印形を捺《お》してやってミジンも躊躇《ちゅうちょ》しない。市役所へハキダメの物でも渡すように瞬く間に七十五万円を費消してしまった。残るものは借金取りの催促と、雲集した書生壮士ばかりになってしまった。
 それでも、まだ印形や金を借りに来るものがある。しかも以前に、二度と来られないようなインチキで翁を引っかけて行った人間が、シャアシャアと又遣って来るのである。それでも翁は何も云わずに無理算段をした金を遣り、印形を貸す。翁の一家は、そのために、七十五万円の富豪から一躍、明日《あす》の米も無い窮迫に陥ってしまったが、それでも避難民張りの米喰虫は雲集するばかり……。
 或る人が見かねて、
「これはイカン。何とかしてコンナ恥知らずの連中を逐《お》い出さねば、先生の御一家は野タレ死にをしますぞ」
 と忠告した。翁はニコニコと笑って疎髯《そぜん》を撫でた。
「まあそう、急いで逐い出さんでもええ。喰う物が無くなったらどこかへ行くじゃろ」

 今一つノンセンス。翁と同郷の福岡に的野半助《まとのはんすけ》という愉快な代議士君が居た。(別人とも聞いているが)この代議士君……頭山先生は人物が出来とるから禅学を
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