…その親父《おやじ》が引いてくれた魚類《さかな》の荷籠《めご》に天秤棒《ぼおこ》を突込んで、母親《かかさん》が洗濯してくれた袢纏《はんてん》一枚、草鞋《わらじ》一足、赤褌《あかべこ》一本で、雨風を蹴破《けやぶ》ってワアッと飛出します。どこの町でも魚類売《さかなう》りは行商人《あきないにん》の花形役者《はながた》で……早乙女《あんにゃん》が採った早苗《なえ》のように頭の天頂《てっぺん》に手拭《てのごい》をチョット捲き付けて、
『ウワ――イ。ナマカイランソ(鰯の事)、ウワ――アアイイ……』
と横筋違《よこすじかい》に往来《おおかん》ば突抜けて行きます。号外と同じ事で、この触声《おらびごえ》の調子一つで売れ工合が違いますし、情婦《おなご》の出来工合が違いますケニ一生懸命の死物狂いで青天井を向いて叫《おら》びます。そこが若い者のネウチで……。
しかも呼込まれる先々が大抵レコが留守だすケニ間違いの起り放題で、又、間違うてやりますと片身《かたみ》の約束の鯖《さば》が一本で売れたりします。おかげでレコも帰って来てから美味《うま》いものが喰えるという一挙両得になるワケで……。
それでも五六軒も大
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