、博多語が日本の標準語でないために、その洒脱な言葉癖をスケッチしてピントを合わせる事が出来ないのが、千秋の遺憾である。
 同君の経歴や、戸籍に関する調査は面倒臭いから一切ヌキにして、イキナリ同君の真面目《しんめんもく》に接しよう。

 筆者が九州日報の記者時代、同君を博多旧魚市場に訪問して「博多ッ子の本領」なる話題について質問した時の事である。短躯肥満、童顔豊頬にして眉間に小豆《あずき》大の疣《いぼ》を印《いん》したミナト屋の大将は快然として鉢巻を取りつつ、魚鱗《うろこ》の散乱した糶台《ばんだい》に胡座《あぐら》を掻き直した。競場《せりば》で鍛い上げた胴間《どうま》声を揺すって湊屋一流の怪長広舌を揮い始めた。
「ヘエ。貴方《あなた》は新聞記者さん……ヘエ。結構な御商売だすなあ。社会の木魚タタキ。無冠の太夫……私共のような学問の無いものにゃ勤まりまっせん。この間も店の小僧に『キネマ・ファンたあ何の事かいなア』て聞かれましたけに、西洋の長唄の先生の事じゃろうて教えておきましたれア違いますそうで。キネマ・ファンちう者は日本にも居るそうで。私は又、杵屋《きねや》勘五郎が風邪引いたかと思うており
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