でも余計にブラ下げるのが競争のようになって、あらん限り強情を張ったものであった。三人とも腰から下は血のズボンを穿《は》いたようになっているのを頭山は珍らしそうにキョロキョロ見まわしている。進藤も石が一つ殖える度毎《ごと》に嬉しそうに眼を細くしてニコニコして見せるので、意地にも顔を歪める訳に行かん。どうかした拍子に進藤に向って『コラッ。貴様の面《つら》が歪んどるぞ』と冷やかしてやると進藤の奴、天井を仰いで『アハアハアハアハ』と高笑いしおったが、後から考えるとソウいう自分《わし》の方が弱かったのかも知れんて、ハハハ。とにかく頭山は勿論、進藤という奴もドレ位強い奴かわからんと思うた。役人どもも呆れておったらしい。
それから今一つ感心な事がある。
獄舎《ごくや》にいる間には副食物に時々|魚類《さかな》が付く。……というても飯の上に鰯の煮たのが並んでいる位の事じゃったが、そのたんびに頭山は箸《はし》の先で上の方の飯を、その鰯と一所《いっしょ》に払い除《の》けて、鼻に押当てて嗅いでみる。そうしてイヨイヨ腥《なまぐさ》くないとこまで来てから喰う。尋常に喰うても足らぬ処へ、平生大飯|喰《くら》いの頭山が妙な事をすると思うて理由を聞いてみると、きょうは死んだ母親何とかの日に当るけに精進をしよるというのじゃ。それを聞いてから自分《わし》はイツモ飯となると頭山の横に座ったものじゃがのう。ハハハ」
進藤喜平太翁も、その時分の事を筆者に述懐した事がある。
「拷問ちうたて、痛いだけの事で何でもなかったが、酒が飲めんのには降参した。飲みとうて飲みとうてならぬところへ、ちょうど虎烈剌《コレラ》が流行《はや》ってなあ。獄卒がこれを消毒《まよけ》のために雪隠《せついん》に撒《ふ》れと云うて酢を呉《く》れたけに、それを我慢して飲んだものじゃ。むろん米の酢じゃけに飲むとどことなくポーッと酔うたような気持になるのでなあ……まことに面目ない、浅ましい話じゃったが、奈良原が、あの面《つら》付きでシカメて酢を飲みよるところはナカナカ奇観じゃったよ。奈良原は酒を飲むといつも酔狂をしおったが、酢では酔興が出来んので残念じゃと云うておった」
同じ健児社の同志で運よく年少のために捕えられなかった宮川太一郎(今の政友代議士、宮川一貫氏の父君)氏が、同志に与うべく牛肉の煮たのを獄舎に持って行き、門衛の看守に拒まれたの
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