《あした》、金兵衛の処に押しかけて行く事にきめて皆ブツブツ云い云い帰って寝た。大方金兵衛は九百円の金を、ほかの事に廻わしたので、金策に奔走したままどこかへ引っかかっているんじゃないかと云う者も居たが、イヤ、金兵衛さんはお金の事ばかりはトテモ几帳面だから帳面を預けたんだ。そんな事をする気づかいは絶対にない。どうもおかしい……と云う者も居た。すると又……イヤ、金兵衛はこの頃、築地のどことかに妾《めかけ》を置いているという話だから何とも知れない、なぞ云う者が出て来てワイワイ云い合いながら別れた……という腹蔵のない連中の話なんだ。
 ここで金兵衛の妾の話が出たので、直ぐに飛び付くように金兵衛の素行調べに移った訳だが、その妾というのは検番を調べてまわると直ぐに判然《わか》った。芳町《よしちょう》の芸妓《げいしゃ》で取って二十五になる愛吉というのが……本名はたしか友口愛子といったっけが、去年……明治四十年の暮に金兵衛から引かされて、築地三丁目の横町で、耳の遠い養母《おふくろ》と一緒に小さな煙草屋を遣っている。二階が押入、床の間附の六畳で、下が店の三畳に、便所に台所という猫の額みたいな造作《ぞうさく
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