「どうして御存じ……」
「アハハ。この手紙に書いてあるじゃないか。どこだい、それは……」
「昨日《きのう》、伯父さんの法事をしに深川へまいりました」
「アッ。月島の渡船《わたし》に乗ったんだね。成る程成る程。その時にアンタと一緒に乗っていた二人の男の風体《ふうてい》を記憶《おぼ》えているかね」
愛子は恐ろしそうに身体《からだ》を竦《すく》めた。俺が社会主義者の事でも調べていると思ったんだろう。例の黒眼勝《くろめがち》の眼をパチパチさせながら唇を震わした。
「妾は眼が悪う御座いますので、三尺も離れた方の風体《ごようす》はボーッとしか解りませんが……」
「わからなくともいいからアラカタの風采でいいんだ。二人とも紳士風だったかね」
「いいえ。一人は青い服を着た職工さんで、もう一人は黒い着物を着た番頭さんのような方でした」
「その職工みたいな男の人相は……」
彼女はいよいよ恐ろしそうに椅子の中に縮み込んだ。
「あの……鳥打帽を……茶色の鳥打帽を眉深《まぶか》く冠っておられましたので、よくわかりませんでしたが、モウ一人の方はエヘンエヘンと二つずつ咳払いをして、何度も何度も唾をお吐きになりまし
前へ
次へ
全26ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング