ために学校へ行けなくなった。それから色々苦労をして稼ぎながら、築地の簿記の夜学校へ這入っているうちに、半年振りに養家の残りの財産が自分のものになったから、煙草を買うたんびに思っていた君を名指しにして遊びに来た。これから時々来るから……といったようなお話で、お宅は芝の金杉という事でしたが……それはそれは御親切な……」
「……ふうん。それから、シッポリといい仲になったって訳だね」
愛子は又耳元まで赤くなった。涙を一しずくポロリと膝の上に落した。
「うんうん。わかっているよ。だからあの時も、そのお客の事を俺に話さなかったんだね」
愛子は丸髷を、すこしばかり左右に振った。シクリシクリと歔《しゃく》り上げ初めた。
「そうかそうか。そのお客だけがタッタ一人好いたらしい人だった事を、あの時は思い出さなかったんだね」
愛子は微かに震えながら頭を下げた。多分|謝罪《あやま》っているつもりだったのだろう。俺は一膝乗り出した。
「そこでねえ。話は違うが、昨日《きのう》アンタはどこか、電車か何かの中で三人切りになった事があるかね。ほかの二人は男だった筈だが……」
愛子はビックリしたように顔を上げた。
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